東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)79号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用登録商標の構成、指定商品、引用商標の登録出願、その登録及びその後の更新登録の各年月日並びに審決の理由の要旨が原告の主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
1 原告は、引用商標「日毛」の構成からは、「ニツケ」の称呼のみを生じ、「ニチモウ」の称呼は生じない旨主張する。しかしながら、前記認定の引用商標の構成「日毛」の漢字に接する者は、これに特定の発音を限定表現する仮名文字の併記もないから、特別の理由がないかぎり、漢字の普通の読み方に従つて読むであろうとみるべきであり、そうすると、まず、「ニチモウ」と音読されるものと考えられるから、その称呼が生ずることは否定できない。
2 この点、原告は、引用商標「日毛」の商標権者である本件補助参加人日本毛織株式会社が、毛糸、毛織物等の製造販売業者としてきわめて著名な企業であつて、「日毛」、「ニツケ」と略称され、かつ「ニツケ」の称呼を生ずる登録商標を用いて、それが取引者、需要者に浸透しており、一方、原告の商号から生ずる「ニチモウ」なる称呼も原告の商号及び商標としてひろく知られていることなど、取引の実際における諸事情を挙げて、一般の取引者または需要者は、引用商標「日毛」を「ニツケ」とのみ称呼する旨主張するので、さらに、検討する。
3 成立につき争いのない甲第一五号証、第六〇ないし第六二号証、第七二号証、第二〇五ないし第二一四号証、第二四四号証、第二四六号証の一ないし一五、第二四九号証の一、二、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第二一五ないし第二三三号証によれば、日本毛織株式会社の商号が、「日毛」なる漢字をもつて、簡略に表示される場合や同社が「ニツケ」という称呼によつて略称される場合の多いことが認められるが、成立につき争いのない乙第一号証の一、二、第二ないし第二六号証、丙第三号証、第六号証、証人庄司直貴の証言及びこれにより真正に成立したものと認める丙第二号証の二、証人大内四郎、同青木由松の各証言によれば、日本毛織株式会社の商号を「日毛」なる漢字二字で簡略表示する場合においても、右「日毛」なる漢字を、「ニツケ」と読むほかに、同社印南工場の工場歌において、「日毛」の漢字が「ニチモウ」と歌われているごとく、同社の関係者や印南工場近隣居住者のうちには、「ニチモウ」と読んでいる者も少くないことが認められる。そうすると、「日毛」の漢字を日本毛織株式会社の商号として理解する者の中にも、「日毛」なる漢字を「ニツケ」と読む者と「ニチモウ」と称呼する者がいることは明らかである。
甲第九及び第一〇号証、第一三号証、第二一ないし第五七号証、第六三ないし第六九号証、第七二ないし第八五号証のうち右認定に反する部分は、たやすく措信できず、他にこれを覆えすに足る証拠はない。
4 また、前叙のとおり、「日毛」なる漢字が、日本毛織株式会社の簡略な表示として用いられる場合でも、前掲各証拠に徴すると、右のような表示は、株式市場における概況の報道や会社関連施設の表示、労働組合機関紙などいまだ限られた範囲であると認められ、製品の一般需要者を対象とした広告などにおいては、ほとんどの場合、「ニツケ」または「NIKKE」の表示に加えて、商号として正式な「日本毛織株式会社」の文字か少くとも「日本毛織」の文字を掲載していることが認められる。
5 次に、前記甲第一五号証、第六〇ないし第六二号証、第二〇五号証、第二一一ないし第二三三号証、成立につき争いのない甲第一四号証、第八八ないし第九三号証、第九五号証、証人井野浩四郎の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、日本毛織株式会社は、昭和の初め頃から、「NIKKE」の英文字から成るもの、「ニツケ」の片仮名文字から成るもの等、明らかに「ニツケ」の称呼が生ずる商標多数につき登録を受け、これを同社の製品に付して販売するとともに、ニツケ製品として広告宣伝に努め、取引者はもとより一般の需要者間でも、「ニツケ」の称呼が同社の商標ないし商品名として相当程度著名であることが認められるけれども、いまだ、大多数の需要者の脳裏に記憶される程であるとまでは認めることができない。特に引用商標の「日毛」は、それが現実に同社の製品に付されてこれをも「ニツケ」と称呼するように広告宣伝されたことは、原告も主張しておらず、その証拠もない。
6 以上の認定事実に証人井野の証言をあわせ考えれば、糸類の実際の取引において、一般の需要者が、「日毛」なる商標に接した場合に、直ちに、「日毛」なる文字が日本毛織株式会社の商号の略称に由来し、同社の著名な「ニツケ」や「NIKKE」なる商標と同一の出所を表示するものと認識理解しうる程、「日毛」の漢字が日本毛織株式会社の略称であることは一般にひろく知られているとは認められず、したがつて、「日毛」を大多数の者が自然に「ニツケ」と読むとはいえず、他にこれを認めうるに足る証拠はない。
このことからすると、引用商標「日毛」からは、取引の実際(「日毛」の商標が現実に使用されていなかつたとしても、その称呼判断の資料となる具体的取引事情が存在しないとはいえない。)においても、「ニチモウ」の称呼も生ずることを否定することはできないから、「ニツケ」とのみ称呼されるとする原告の主張は採用できない。
7 原告は、「ニチモウ」の称呼が原告の商号ないし商標を表示するものとしてひろく知られているとし、この点からも「日毛」は「ニツケ」とのみ称呼され、取引上「ニチモウ」との間に誤認混同のおそれはないと主張するが、前示認定のところから、首肯することができない。
さらに、引用商標「日毛」は、「ニツケ」の称呼を生ずる日本毛織株式会社の登録商標と連合関係にあることが、前記甲第七二号証、第八八号証、成立につき争いのない甲第二号証により認められるが、そうだからといつて、引用商標の称呼が「ニツケ」に限られるものではないことは、称呼の本質上、いうまでもない。
8 してみれば、引用商標「日毛」から「ニチモウ」の称呼も生ずるものというべく、一方、本願商標からも同様の「ニチモー」ないし「ニチモウ」の称呼が生ずることは、原告の自認するところであるから、本願商標と引用商標は、共通ないし類似の称呼を有する類似の商標であるといわなければならない。
9 そうすると、本願商標が、引用商標の登録出願の日の後の商標登録出願に係り、かつ、両者の指定商品が相牴触することは争いのないところであるから、本願商標は、引用商標と類似し、商標法第四条第一項第一一号の規定により登録を許されないものというべきである。
三 以上のとおりであるから、本件審決に違法のあることを理由としてその取り消しを求める原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却する。
〔編註〕本件に関する商標は左のとおりである。
別紙目録(一)
<省略>
別紙目録(二)
<省略>
別紙目録(三)
<省略>